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2009年7月31日

●『エンドレスエイト』未だ終わらず。

ここまで遊んでもまだ満足していないハルヒさん

涼宮ハルヒの憂鬱 第18話『エンドレスエイト』終わりませんでした。
この涼宮ハルヒ主催「終わりなき夏休み」を終わらせられない苦悩の表情のキョンくんの心理状態が、次第に視聴者とシンクロしてきた感があります。
さて、京アニさんはこの『エンドレスエイト』のエンドをどう持って行くのか?
原作準拠にあっさり終わるか。それとも感動のアニメオリジナルエンドか?それとも「ちょっと待て!!」って日本全国から総ツッコミを受ける壮大な自爆エンドを迎えるか。
心穏やかに待つしかないですね(もう諦めて「受け身モード」です)

もはや視聴者と心理状態を共有するキョンくん

2009年7月12日

●うれし楽しヱヴァ・ライフ

今週は『新劇場版ヱヴァ:破』は見に行っていないのですが、それはそれなりにヱヴァ・ライフを楽しんでいました。
……このヱヴァ・ライフって言葉、言い方間違えるとおじいちゃん、おばあちゃんに優しい飲むヒアルロン酸を売ってる会社になっちゃいますね(エバーライフの事(笑))

やっぱり貞本レイは美しい……。さて、ネットや雑誌にてヱヴァの展開は拡大する一方。
私の視界内にも色々入ってきます。
ちょい前になりますが「貞本エヴァ」が引っ越したヤングエース第1号を買ったんですよね。
おまけって事でマリのフィギュア(プラグスーツVer.)も付いていましたが、私としては表紙で買った様なものですね(笑)
やっぱし貞本さんが描くはかなげなレイは魅力がありすぎるんですよね。

やっぱりミニスタジオ買おうかな?んで、今日はNewtype8月号を買いました。
これまたマリのフィギュア付きで、今度は制服Ver.(こっちの方が可愛い)
マリのフィギュアは両方とも海洋堂ご謹製の品。
おまけサイズ(10cmくらい)で小さいとはいえ、
「小っちゃくってもスゴいんだよ」(ちょっと意味違っ!(笑))
で、並べた写真も撮ってみました。
良い撮影環境がないからあんまし良い写真にはなっていませんが、まぁ参考までにご覧下さい。
ん?よくよく見てみたら先に買っていたヤングエースのマリのフィギュア紹介記事の中にNewtypeのマリ・フィギュア紹介も書いてある。
これって角川商法にまんまと引っかかった訳ですな(苦笑)

先のフィギュアの話同様やっぱりヱヴァ・キャラの話題としては新ヒロインであるマリに話題は集中してますね。
旧作から袂を分かつ象徴的なキャラでもありますからね。
カルチャー&エンターテイメント・マガジンである「Cut」最新号に『新劇場版ヱヴァ:破』の特集が組まれますね。
そして、その表紙にいきなりトップシークレットというか、ネタバレ全開なマリのプラグスーツ姿が堂々と現れます。

やっぱり貞本さんのイラストは神がかっている。

彼女の凛とした立ち姿がとても魅力的です(もともと彼女はヱヴァ・パイロット中、最高のナイスバディ)
しかも、貞本さんの御神筆なるもの。
やはりこのお方が描かれるキャラ達は別格の存在になります。
これは、買いです。いや、買わねばなりません。
Cut最新号発売まで後1週間。待ち遠しすぎる!

2009年7月 5日

●3回目の『新劇場版ヱヴァンゲリヲン:破』ツッコミ編(笑)

うちのシンジに何すんの!(笑)

『新劇場版ヱヴァ:破』を3回見てしまいました。
ホントは今日も見たかったけど、ちょいと家庭の事情がありまして見れませんでした(残念)
って言うか見過ぎですよね(笑)
さすがに3回目ともなるとメインストーリーに意識を置きつつも、画面の中に納められた「仕込み」と言うべき色んな要素に目がいく様になりますね。
んで、以下列挙していきます(順不同)

・トウジの「ハズレや」
トウジ、普通の中学生に降格(しかし、怪我しなくすむけどね)
トウジがアイスの棒を見て悔しがるシーンですが、ヱヴァ3号機に乗り損ね、メインストーリーから外れてしまった上での台詞と思うとちょっと笑えます。

・チビ波いっぱい
次回はわたしの妹が大量発生しそう(笑)次回予告のワンカットでしたが何人かの「チビ波」が不安そうにレイに身を寄せているシーンがありましたね。
本来であればレイの予備であり、魂は一つの器(躰)にしか入らないはず。しかもなぜか小っちゃい。
しかし、これはこれでいい!(爆)
ついでにスポ根もいれば完璧なのにぃ。
※「チビ波」も「スポ根」もヱヴァのスピンアウト作品『ぷちえヴァ』の登場人物です。

・ゲンドウ、水槽、パイプイス
私は小さな魚達と同じ……今作、唯一レイがセントラルドグマの水槽に入っていたシーンで碇指令が「食事にしよう」って声をかけますが、よく見ると水槽の脇にパイプイスが置いてあるんですよね。
って事は水槽の中のレイのあられもない姿を碇指令はじ~~~~~っとイスに座って見ていた訳ですな。
むちゃくちゃ羨ましいっ!!(人間素直になりましょう(笑))

・マリ、ひょっとしてすっぽんぽん?
メガネっ子は高いわよ(笑)
予告映像の中で短いカットでしたがマリが眼鏡をかけるシーンでよく見ると肩から下、何も着ていない様に見えるシーンがあるんですね。
いや、ヱヴァだから着せないな、たぶん、うん、間違いない(笑)

・レイの手料理、シュールな味わい
今日の料理代、すべてパー(笑)自室にて3号機起動実験失敗の報を聞いていたレイでしたが、彼女の部屋には食事会の準備が出来ていました。
吹きこぼれた料理はシチューの様でした。
でも、よくよく見ると片付けられた部屋に座卓が置いてあり、茶碗の様な器が4つ並べてあるのが見えました。
これを碇指令以下みんなが食べている姿を想像するとかな~りシュールな構図が出来そうな気がします。
まぁ、それはそれでシンジくんが甲斐甲斐しく手伝って、それをアスカがジェラシーストームを発動させて大騒ぎ、って感じになるでしょうね。
それとか微妙な味付けで箸の進まないみんなを余所に、
「良い味付けだ、レイ」
と言って黙々と食べ続ける碇指令だったりすると面白いなぁ。
ああぁ、これでショートストーリーが書けるな(笑)

・それ洗いすぎ、お弁当箱
碇くんのお弁当、美味しい……シンジくんにお弁当をもらったその夜、レイはそのお弁当箱を洗います。
徹底的に洗います。
醤油入れどころか仕切り(業界用語で「ばらん」といいます)まで洗う徹底ぶり。
まぁ、これはシンジくんからもらったお弁当が心底うれしかったって意味なのでしょうね。
もし、トウジからもらったお弁当で同じ事をしている場合は、純然たる消毒作業でしょう(笑)

・アスカ、縞パン
世の流行にアスカも抗えなかったという訳ですな(笑)
まさかアスカの縞パンが見れる日が来ようとは……

・カヲルくん、セミヌード
カヲルくん、シンジくんと「やる気」満々のようです(爆)
シンジくん、今度こそ手段を選ばずにキミを幸せにしてみせるよ(怖)







以上、今回はここまで(出来ればシリーズ化したい(笑))

●アスカを通して感じた事『新劇場版ヱヴァンゲリヲン:破』

アスカふたたび

今度のアスカはYV版とは違う立ち位置にいるアスカです。やっぱり、見たくなって『新劇場版ヱヴァ:破』を見てきました。
2時間近い時間があっという間に過ぎていきました。
やっぱり今回の『破』は私は好きだなぁ~。
何回見ても楽しいし、感動する。
他のブログやサイトをのぞいても『アスカ原理主義者』(笑)の方々以外は基本的に概ね好評を得ているようですね(よかった)
ぶっちゃけ『綾波レイ派』の人には間違いなく心底喜ばれる作品に仕上がっていますね。

実は、私はこの『破』を1回目見終わった後、ものすごく面白かった、っという印象と同時に微妙な違和感を感じていたんです(全体的に優しく丸くなったキャラ達の事じゃないですよ)
「この映画、誰のためにあるんだろ?」
って思ったんですよね。
私っていつも二つの視点で見ている事が多いんです。
eva2.0_1_000010.jpg「感情的な視点」と「フラットに見る視点」(←「冷静」とはちょっと違います)
そして、その「フラットに見る視点」が一番反応したのがアスカの変化でした。
第8の使徒を迎撃した後にアスカは人寂しさを感じる様になりますよね?
実は最初見ているときには、そのまま物語のままに感じていたのですが、普段の自分であればアスカの心象の変化はたぶん唐突に感じたと思います(TV版を知らない初見の人も)
でも、見ているときにはごく自然な流れと感じていた。
「映画としての尺の問題」って言ってしまえば元も子もないのですが(苦笑)
自分の「感情的な視点」で見たときにあのアスカに違和感を感じなかったのは私が「アスカにそうあって欲しい」って願いを持っていたと思うんですよね。
「新劇場版ヱヴァ」を見に行った大半の人たちは何かしらの形でオリジナルTV版を知っています。
そして、壊れていくアスカを知っている。
「そこまで思い詰める必要はない。元気なアスカでいて欲しい」
って思いがTV版を見た人々の意識が私同様みなさんにあると思うんです。

この頃までの彼女の友達は、携帯ゲームだけだった。よくアニメやドラマや映画にしても「ご都合主義」って言葉が現れます。
人の生き死にを自由に操作できる物語作りは常にそう呼ばれる危険をはらんでいます。
そのため、物語を紡ぐ人たちは、見る人たちにドラマをリアルに感じてもらうために感情の変化を順序立てて描いていくんですね。
でも、それをやらなくても許される場合があります。
それは「見る人に望まれる物語の展開」(これはスピルバーグ監督の映画に良く現れますね)
見る人がそうあって欲しい、って願う展開を作り手があえて描くのです。
でも、これは物語作りの基本でもあります。

アスカの話に戻りますが、彼女は「第8の使徒迎撃作戦」にて一人では完遂できない事もあることを知ります。そして、一人では出来ない事も協力して行えば出来る事を実感します。
そこにはわずかな時間でもコミュニケーションの上で物事が成り立つ事もまたアスカは実感します。
アスカは一人で生きていた。一人で物事をすませる事が出来た。
しかし、アスカは自分の中にぽっかりと空いた穴に気づいていなかった。
「寂しさ」という穴に。
責任取りなさいよ。バカシンジ(笑)それに気づかされて、彼女が求めたのは穏やかなやさしいシンジくんの存在でした。
シンジくんの隣に寝る事でアスカはささやかな安息の時間を得る事が出来ます。
でも、私が思うにこれだけのアスカの心理の変化を描くにはやはり映画は時間が短すぎた。
でも、自分が映画を見ているときに違和感なしにそんなアスカを見る事が出来たのは、
「アスカにそうあって欲しい」
って願いが自分にあったからと思います。
TV版の彼女は不幸でしたからね。
初見の人には唐突でも、アスカと長いつきあいになってしまった人たちには望む物語になったと思います。
だから、この「新劇場版ヱヴァンゲリヲン:破」は旧来からのファンのための映画だと思うんですよね。